56歳 胃がんと闘う母の記録

胃がんで胃を全摘出した母の闘病記

母が胃がんになった

私はこのようなブログを書きたくはありませんでした。

 

母はまだ56歳、スポーツウーマンでジムでインストラクターをしつつ地域のおばあちゃんたちに体操を教え、普段の食事も和食中心で甘いものもジャンクもほとんど食べない健康の塊のような人です。雰囲気的には樫木裕実さんを少しガタイをよくしたような感じです。その母ががんになったなんて、本人も私を含め家族もとても信じられませんでした。しかし、検査を進めていくうちに出てくる結果は残酷なものばかりでした。

 

診断結果は胃の噴門部にがんがあり、胃を全摘出しなければならないということでした。噴門部というのは胃の上部で食道とのつなぎ目のあたり。胃がんは胃の中央から下部にできることが多いらしいですが、この噴門部にできてしまうとどんなにがん細胞が小さくても胃を全摘出しなければならないということです。

 

胃を全摘出するということは、術後普通の食事が取れなくなってしまうということです。普通の食事が取れなくなれば、手術前と同じ体力、筋力を維持するのが難しくなります。母はなんとか胃を残すことができないか、がん研有明病院というがん専門の病院までセカンドオピニオンを求めに行きました。がん研有明病院では胃の噴門部に癌ができた場合にも胃を残す手術を行うことがあるということを知ってのことです。しかし結果としては胃を残すという選択はできませんでした。胃の中央部にもわずかながら癌の転移が見られたのです。近所の病院で撮ってもらったデータを見ただけで、近所の病院ではわからなかった胃中央部への転移がわかっただけでもさすがはがん専門の病院と言うべきです。この診断を受け、母のわずかな希望は打ち砕かれ、胃の全摘出を受け入れざるを得なくなりました。

 

手術は母の希望によりがん研有明病院で行うことになりました。母の手術を行うのはその筋ではとても有名な名医とのことです。そして一昨日、母の胃の全摘出手術が行われました。手術は無事成功したのですが、開腹を行ったところ胃の裏あたりにあるという脾臓の動脈近辺に転移が見られたため脾臓への転移の可能性が高い、そのため脾臓も摘出したとのことでした。脾臓というのがどのような臓器か知らなかったのですが、調べてみたところ簡単に言うと免疫系の機能を担う臓器ということでした。

がんのステージは3c、ステージ4の直前です。本当に信じられないことですが、このような状態にも関わらず母に全く自覚症状はなく、腫瘍マーカー検査でも数値は高くなかったのです。密かに進行するがんの恐ろしさを思い知らされます。

 

胃全摘出という大きな手術ですが、それでも合併症などがなければ術後2週間で退院できるということです。実家は父と母、父方の祖母の3人暮らし。祖母は本人は認めたがりませんが認知症の気があり、同じく認知症持ちの母方の祖母も近所に住んでおり、その二人と毎日関わり手助けをしていたことが母にかなりの負担とストレスになっていました。私は子どもがいるとはいえまだ幼稚園にも行っていない幼児が二人、会社勤めもしておらず比較的身動きが取れるので退院後実家にしばらく滞在し母のサポートをすることにしました。

 

このようなブログは書きたくはありませんでしたが、母の今後の食事を研究したりがんと闘うために調べたこと、今後調べるであろうことの記録をのことすことはひょっとしたら同じがんにかかる可能性もある自身と妹のためになるかもしれないし(できればなってほしくないけれど)、既に同じ病気にかかった方への参考になるかと思い記事を書いていくことにしました。

 

一昨日手術をした母からまだ連絡がないのが心配ですが、ひとまずこれまでの経過を書き、母からの連絡があったら公開することとしたいと思います。
(2015/11/21記)

 

【後日記】

2016年9月1日に母が亡くなりました。

今この記事を読まれている方はおそらくこの記事を書いたときの母や私と同じ立場、がんが見つかったばかりの方が多いものと思われます。

最後に亡くなってしまった人のブログを見るのは辛いものがあるということは私自身も感じて承知しております。

しかしながら、母は寛解には至りませんですが、がんが見つかったばかりの方ならまだこれからの過ごし方で治癒は十分に可能です。

これから闘病に当たられる方とそのご家族にはぜひ逃げずに現実を直視し、私たちの闘病を一つの糧としてこれからに備えて欲しいのです。

以下の記事をまずはお読みいただくことをおすすめします。

 

vs-canser.hatenadiary.jp

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